NPO法人 生活の発見会  関東第一支部
 社会不安症手記

 劣等感に悩んでいるということは

〜対人恐怖症の克服体験記〜
多摩平日懇談会 

ポピー 

 私は、長いこと、対人能力が人より劣っているという劣等感を抱えていました。発端は、幼稚園の2年間でした。「場面緘黙症」、簡単に言えば極端な人見知りで、自分からはほとんど口を利かない子どもだったので、毎日一人でぽつんと過ごしていました。

 小学校に入ってからはだんだんとしゃべるようになったのですが、人と上手く関われないという劣等感が背景となって、その後いろいろな対人恐怖症(社会不安障害)の症状が出てきました。高校時代には激しい衆前恐怖になり、そのうち一対一でも緊張するようになりました。大学ではピアノを専攻していましたが、あがり症との格闘の日々でした。森田を知ってからは、いつも「緊張はなくならないから、あるがままになすべきをなす」と言い聞かせながら、行動してきました。でも、緊張も劣等感もなくなりませんでした。

 それが、20年が経った今では、根強かった劣等感は小さくなり、それにつれてなくならないと思っていた対人緊張も少なくなりました。これは、一言で言えば「年の功」ということなのかもしれませんが、もう少し深く考えてみたいと思います。

 まずは、この20年の間に、仕事、結婚、離婚、再婚、出産、子育て…といろいろ経験したこと。また発見会の中でも、同好会を立ち上げて活動してきたこと。そういう事実の積み重ねが、こんな自分でもやれるのだという自己評価につながったのだと思います。

 そして、オンライン学習会で、森田を深く勉強したことも大きいと思います。キーワードは、北西先生がよく言われている「諦念」。神経過敏な性格と、能力的なものは、持って生まれたもので変えようがない事実だから、もうこのままの自分でやっていくしかないのだという諦めがつきました。ここを出発点として歩んでいくことこそが、あるがままなのだとわかりました。

 劣等感も全くなくなったわけではなく、他の自分の良い面に目を向けることが多くなっただけだと思います。時に、人と上手く関われなくて落ち込むこともありますが、そんな時は、「諦念」を思い出し、出発点に帰ります。落ち込みをやりくりせず、そのままにしておけば、数時間、あるいは数日で気分は流れていきます。そして、また自分の良い面に目が向き、活動的な自分に戻ります。

  劣等感に悩んでいるということは、自分の弱点だけに目がいってしまい、こういう自分はダメだと思い込み、良い面に目が向かない状態だと思います。私には「人は社交的であるべきだ」という誤った思い込みがあり、これにとらわれていたのです。また劣等感は、優越感と表裏一体となっていました。長いことピアノを弾くことは劣等感の代償となっていたように思います。

 大勢の中でワイワイ過ごすよりも、家で一人静かに過ごすのが好きなのが、本当の自分です。社交的ではないですが、一人家にこもり、何か人のために役立つことを企画したり、作り上げたり、そしてそれを発表したり、表現したりすることは好きなのです。「クリエイティブなオタク人間」というのが自分の良い面なのかもしれません(笑)。

(2015.3 一日体験交流会での発表より)

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